金剱宮
御創立以来二千有余年を経た古社であって、古来尚武健勝の神としての尊崇が篤い。
一、祭神
本社の主神は饒速日尊・大国主神・大山祇命・日本武命
事代主神・猿田彦神などを併せ祀る。
二、由緒
本神社の創立は崇神天皇の三年三月とす(神社蔵記録)
創立
けだし鶴来町の発生と同時にこの地に鎮祭せられたもので
鶴来町の古地名は剣之庄と称し社名も古く剣之剣神社と唱えた。
このことは地名と社名が一致した好個の事例である。
隆盛
近世に至って専ら金剱宮と称した。
中世以降白山七社の一に数えられ、白山本宮三宮・岩本と
ともに栄えた。
神仏習合時代には隆盛を極め宝物殿・拝殿・講堂・宝蔵
三重塔・鐘楼・荒御前宮大行事之御(白山権現縁起)
等所謂七堂伽藍を備え神宮は僧多く祭日には神人衆従
どもろく勢力を有した。
慶永十八年に大般若経六百巻を奉納、文安十八年には
白山へ文明十一年比叡山延暦寺へ参詣した記録を
社僧であった源盛義記している。
奉賛源平盛衰記にも武門武将武家領主の
崇敬としての崇敬の篤かったことは書に明らかである。
又神社の神輿は白山・佐羅・瀬織津等が行われた。
経て時あっては安山の京にまでその名が聞こえた。
現在十月三日・四日、秋季祭神事の神輿渡御これに伴う
神賑催物獅子舞・棒振り、名物造物等はこの神賑わいの
伝統を伝えるその優美で勇壮な賑いは他に類を見ない。
旧社格
明治元年三月旧藩主前田公参拝
大正十三年四月三日御創立二千年祭
十月五日御創立二千五十年祭を挙行して現在に至っている。
境内
一万明治十九年境外末社・大国社・恵比須社・白山社
大鳥社、四社を合併、明治四十一年境内末社官社
境内社三年には村社日吉神社を大々合祀した。
境内地
境内神社に二宮・金刀比羅宮・大六宮・粟島神社・
御剱宮恵比須社(天地悠久の大神霊と大阪今宮戎神社
御分霊を併せ祀る)があり、名勝として天乃真名井
(戸の池殿池明瑞水)、刀石牛石天忍石・義経腰掛石
岩清水不動尊がある。
金剱宮社務所
石川県白山市鶴来日詰町巳118








